今回、原丈人さんと面談したのは、この「千人回峰」に掲載するのを目的としていた。ところが、対談した内容、特に「近い将来、パソコンが消えると」いう説は衝撃的であり、IT業界に与える影響は極めて大きなものになりそうなので、PUC(パーペイシブユビキタス)のエッセンス部分については急きょ週刊BCN本紙で紹介した。原さんは、ベンチャーキャピタルの社長を務める傍ら、(1)新基幹産業の創造、(2)次の時代のコーポレート・ガバナンス(企業統治)のあり方の創造、(3)開発途上国の貧困の解消――というテーマに挑戦している。いずれも気宇壮大なテーマだが、それぞれが着実に実績を上げつつあるようだ。彼の夢が実現すれば、日本、いや世界は確実に変わるだろう。【取材:2007年9月13日、ヒルトン東京にて】
プロフィール
原 丈人(はら じょうじ)
1952年(昭和27)大阪生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、中央アメリカの考古学研究に従事する。考古学資金づくりのためにスタンフォード大学経営学大学院へ入学、国連フェローを経て、同大学工学部大学院修了(工学修士)。在学中に光ファイバー事業を起業して成功。
84年デフタ・パートナーズを創業、主にインターネット時代の情報通信技術分野でベンチャー企業への出資、育成と経営に携わり、90年代にソフトウェア産業でマイクロソフトと覇を競ったボーランド、ピクチャーテル、SCO、ユニファイ、トレイデックスなど十数社を、会長、社外取締役として成功に導いた。
米大手VCのアクセル・パートナーズジェネラルパートナーズも兼務し90年代にかけてのシリコンバレーを代表するベンチャーキャピタリストの一人となった。その後、欧米を中心にオープラス・セミコンダクター(05年インテルと合併)や、XVDテクノロジーの会長兼CEO、フォーティネット社外取締役として、これからのブロードバンド・インターネット時代に対応したポスト・コンピュータ分野(PUC)での事業経営を行う実業家として活動する。
地元サンフランシスコでは、日米講和条約50周年記念式典ガラ共同議長、サンフランシスコ・オペラ、サンフランシスコ動物園、サンフランシスコ大学、ジャパンソサエティーなどの理事を務めた。また03年に共和党全国委員会からビジネス・リーダーシップ・アウォードを授与、同年、共和党ビジネス・アドバイザリー・カウンシル名誉共同議長に就任。さらに、共和党ゴールド・メダルにノミネートされるが辞退。
一方、日本政府の財務省参与、首相諮問機関の政府税制調査会特別委員、産業構造審議会などの政府委員などを務め、税率を減らしながら税収を増やすことによってわが国の財政規律を目指す。
また、自らが開発した技術を使って発展途上国の情報インフラを整備し、識字率、医療衛生状態の改善に関心を持ちこれを実際に行うために05年、バングラデシュに現地のNGOのBRACと、合弁会社のブラックネット社を設立した。先端技術を使うことによって低コストで効率よく事業を起こし、その収益を持って途上国の支援に当てるビジネスモデルは、「民間によるODA補完の仕組み」として、世界銀行の目にとまり、08年の報告書に将来の有効な支援モデルとして盛り込まれた。
同時に国連経済社会理事会常任代表部IIMSAM特命全権大使や国際連合ONG WAFUNIF代表大使(後発発展途上国担当)を務め、スピルリナ(世界一たんぱく質濃度の高い食物)を使った飢餓対策を、アフリカにおいて推し進めることを目標に、「国連旗の元の民間による途上国支援」を実現することを日本発で行うなど、世界の途上国にとって日本がなくてはならない国となるための活動を行う。 著書に『21世紀の国富論』(平凡社)がある。

<1000分の第18回>
※編注:文中の企業名は敬称を省略しました。
●ボーランドの会長時代、トップ技術者を引き抜かれそうになった
奥田 「21世紀の国富論」を読んで、最初にびっくりしたのは、書かれている内容が実にわかりやすいことでした。いつ、あんな文章テクニックを身につけられたのですか。
原 「近い将来にはパソコンが消える」などと言っても、なかなか理解してもらえません。ただし、みんなが共通に思っておられるのは、パソコンは使いにくいということです。この気持ちを汲んだうえで、だれにでもわかるような表現をできるだけするように心がけ、なおかつ本質を外さずにわかりやすく書くようにしています。しかし、それでもまだ不十分です。
奥田 ところで、この本に書かれているようなポスト・コンピューティングを考えるようになった、直接のきっかけは何かあったんですか。
原 じつは、パソコンの時代はいずれ終わると最初に発言したのは、90年代半ばにスタンフォード大学で講演した時でした。当時、私はデータベースを主力とするボーランドの会長もやっていて、ある事件に遭遇しました。
90年代には、マイクロソフトはWindowsに移行するタイミングで、OSに加えてアプリケーションソフトの分野でも寡占状態を作ろうとしました。その結果、ワードパーフェクトはワードにやられ、ロータス1-2-3はエクセルに負け、IBMに買収される形で消えていった。
そのなかで、マイクロソフトの欠落している分野で強い技術力を持っていたボーランドは不死身で、マイクロソフトと戦いを続けていました。それに業を煮やしたんでしょうね、ボーランドの最も優秀なコア技術陣を引き抜きにかかったんです。こともあろうに、ボーランドの駐車場で、ヘッドハンターが口説いていることを逆探知で発見しました。それで、マイクロソフトを訴えた。その時に、勝つためならなんでもする体質の企業がアプリケーションまで支配するようになったら、その産業の発展は終わるなということを強く感じました。
私は新技術こそが、新しい産業を生み出すと考えています。そのためには競合する企業同士の切磋琢磨が必要なんです。知的工業製品の分野で、OSに加えて、アプリケーションまで1社独占になれば、技術の進化が止まることは目に見えていますよ。
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