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2016/12/05 09:03

インタビュー

[週刊BCN 2016年11月28日付 Vol.1655 掲載]

自分にとって技術の世界は新しい情報や知見にふれられる楽しい場所です(上)
さくらインターネット 執行役員 技術本部 副本部長 エンジニア 江草陽太

 今年6月、北海道石狩市にあるさくらインターネットのデータセンター(DC)をたずねた。周囲には何もない広大な敷地に、要塞のようにつくられた最新鋭の設備だ。今回登場を願った同社の江草陽太さんは、学生時代にこのDCの見学ツアーに参加したことが入社のきっかけになったという。「DCという社会基盤をソフトウェアで制御でき、個人の能力が大きく発揮できる場所」と捉えた江草さんは「この会社しか行きたくない」と思ったという。相思相愛のリクルーティングは実を結んだようだ。(本紙主幹・奥田喜久男  構成・小林茂樹  写真・川嶋久人)

プロフィール

江草 陽太(えぐさ ようた)
 1991年、大阪府生まれ。洛星中学・高校のロボット研究部創立メンバー。ロボカップジュニアジャパンなどのロボコンに出場。その後、大阪大学工学部電気電子情報工学科に進学。NHK大学ロボコンに出場。学生時代より個人事業としてシステム開発を行う。2014年10月、さくらインターネットに入社。ネットワーク、データベース、情報セキュリティのスペシャリスト。16年7月、執行役員技術本部副本部長に就任。

2016.8.17 /東京・新宿区のさくらインターネット東京支社にて

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。

株式会社BCN 会長 奥田喜久男

<1000分の第173回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

小学生のときにコードをかき、中学ではロボットづくり

奥田 江草さんが、最初にコンピュータと出会ったのはいつ頃ですか。

江草 物心ついた頃には、身の回りにあったという感じですね。Windows 95か98の時代にVisual Basicをやっていたのですが、自分でプログラムをかいて動かすと、その通りに動いてくれるということに感動しました。しかも、人間が計算するよりはるかに速いわけです。その頃は、素数を2から順番に表示するプログラムを書いたりして遊んでいました。

奥田 それが小学生のときですか。やっぱり、普通のレベルとは違いますね。

江草 父が工業高校の教師をしていて、身近なところにポケコンや電子回路の部品があったため、いろいろなものに興味をもったのだと思います。小学生くらいまでは電子工作のキットをハンダ付けして動かすくらいでしたが、中学に入ってからはロボットをつくってみたくなって、組み込みや制御が好きになったという感じです。

奥田 中学でロボットですか。

江草 私は京都にある洛星中学・高等学校という中高一貫の男子校に通っていたのですが、中学のとき、そこにロボット研究部がなかったので同級生と一緒に同好会をつくり、「ロボカップ」という大会のジュニア部門に出場したりしました。

奥田 いわば先駆者ですね。いまもその同好会はあるのですか。

江草 私が高校に入る頃には同好会から正式な部になりましたが、ロボット研究部に入りたいがゆえに洛星中学を受験した後輩もいました。

奥田 ということは、あなたの背中をみて入学したいと。

江草 一時期はかなりの大所帯で、今でも中・高6学年合わせると部員は20人近くいます。

奥田 すごいですね。ところで、私たちも16歳以下の子どもたちのプログラミングコンテストを全国に広げようという活動をしているんです。北海道・旭川の工業高校の先生が編み出した手法で、私たちは「旭川モデル」と呼んでいるのですが、工業高校や工業高専のパソコン部の部員が中学生を指導し、そこで教わった中学生たちが大会で、オセロゲームのようなます目型の自作のソフトでゲームを競うという仕組みなんです。

江草 高校生や高専生が中学生を教えるって、すごくいいですね。プログラミングの場合、教える側と教えられる側に大きな実力差があると話が通じないため、教えるのがとても難しいんです。実力的に近い人であれば教えやすいし、教えるほうも教わるほうも力がつくと思います。

奥田 本当に私も同感です。

江草 私はロボコンだけでなく、セキュリティコンテストというプロコンにも出場し、決勝大会まで行った経験があります。プロコンはロボコンに比べると、そこで求められるのは自分自身の能力だけであるため、とても納得感がありました。

奥田 ロボットの場合は別の要素があるということですか。

江草 例えば「10万円のセンサが買えたら、あの試合は勝てたのに」といった要素が入ってくるため、厳密にいえばまったく同じ条件での勝負はできないのです。

奥田 お金をかけたほうが、勝てる確率が高まるわけですね。実は「旭川モデル」をスタートさせる際にも、ロボコンにするかプロコンにするか議論があったそうですが、多くの子どもたちが参加できるよう、パソコン1台でできるプロコンを選んだということです。

日本のソフトウェアを強化するために

奥田 江草さんは大阪大学の電気電子情報工学科に進学され、ロボットというハードウェアからソフトウェアのほうにシフトされますね。

江草 阪大を選んだのはロボット分野に力を入れていたからということもあり、実際、NHKの大学ロボコンにも出場していました。ただ、専攻としては機械工学ではなくソフトウェア寄りの情報の分野に進みました。

奥田 それはなぜですか。

江草 ロボコンをやったときに実感したのは、機械の設計はとても大事だということでした。どれだけソフトウェアで頑張っても、大前提としてよくできた機械がないと勝つことは無理なんです。

奥田 なるほど、そういうことですか。

江草 日本にはモノづくりのプロフェッショナルがたくさんいます。おそらく今後も、その分野の優位性は維持されるでしょう。その一方、ソフトウェアの分野では、日本はとても弱いといわれています。日本として、そこを強化すべきだと思いますし、自分が活躍するためにはソフトウェアのほうがいいだろうという理由でこの分野を選んだという経緯があります。

奥田 ソフトウェアは、ロボットなどのハードウェアに比べると地味にみえますが……。

江草 見た目はそうですが、プログラムを走らせることによって大きな機械や設備が動くので、そこに喜びを感じることができます。実は、私がソフト開発専業の会社に行かずに、データセンターなどのインフラを保有する弊社に入った理由もそこにあるのです。

奥田 インフラがあるから、さくらインターネットに入ったということですか。

江草 はい。プログラムを書いているといっても、実際には物理サーバーの制御のためだったりするわけですが、将来的にデータセンターそのものもソフトウェアで制御するようになると、ロボットよりさらに大きなものを制御できることになります。

 ハードもソフトも両方やりたいのですが、自分の強みを発揮するために、ソフトウェアに関わるスタンスでいたいと思っています。

奥田 単にハードからソフトへというのではないのですね。ところで、江草さんにとって「技術」というのはどんな世界ですか。

江草 自分にみえている部分がとても狭いからこそ、次から次に新しい情報や知見にふれることができる楽しい場所だというイメージがあります。その新しい情報によって、何かを解決できるというのも楽しいことですね。(つづく)

DMM.make AKIBAでものづくりに没頭


 ここは、3Dプリンタなどさまざまなツールが利用できるコワーキングスペース。ソフトだけでなくハードづくりにも強い江草さんにうってつけの空間だ。

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