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2017/04/10 09:03

インタビュー

[週刊BCN 2017年04月03日付 Vol.1672 掲載]

創り出す時計は世界に一つ。同じものは絶対につくりません(下)
ウォッチエングレーバー 金川恵治

 金川さんがエングレーバーとしての道を歩み始めたのは、46歳の時である。それまではイラストの仕事をされていて、世界的に有名なキャラクターを手がけるなど、確固たるポジションを築いていらした。それを一切断ち切っての転職。そして54歳で独立し、現在に至る。一番好きなことは仕事にしない方がいい、という世間の声もあるが、一番好きなことだから仕事にする、という生き方はやっぱりいい。金川さんの手がそう語っていた。(本紙主幹・奥田喜久男  構成・浅井美江  写真・長谷川博一)

2016.11.29/K CRAFTWORK JAPANにて

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。

株式会社BCN 会長 奥田喜久男

<1000分の第181回(下)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

スイスへの挑戦から MINASEとのコラボへ

奥田 46歳でエングレーバーとして歩み始められました。その後はどう進まれたのですか。

金川 私に声をかけてくださった方は、彫りにすごく理解を示してくださって、「あなたの仕事は他の人と違う。すべてやりたいようには無理だけれど、必要なものがあれば用意する。そのかわり、技術で我が社に貢献をしてください」と。

奥田 その方がそこまで言ってくださったのはなぜでしょうか。

金川 人を育てるのが好きという方だったんです。私だけではなく、いろいろなところに力を貸していらしたようです。先見の明をおもちで、業界でも有名でした。

奥田 すばらしい方に巡り会いましたね。

金川 その方がいらっしゃらなければ、私はエングレーバーとして仕事はできなかったし、今の私もないと思います。

奥田 でも、その会社はお辞めになった。

金川 入社してから少しずつ社内の体制が変わってきたと同時に、自分自身でやりたいものが出てきたんですね。会社にいると100%自分の自由にはできませんから。

奥田 転職されようとしたのですか。

金川 いえ、スイスに行ってエングレーバーの仕事をしようと考えました。

奥田 その頃50歳を過ぎてますよね。チャレンジャーだなぁ(笑)。

金川 「日本でやっていてはダメだ。どうせなら本場でやらなくちゃ。力を貸すからチャレンジしてみては」という方が現れたんです。

奥田 それで、スイスにいらしたんですか。

金川 行って工房をいろいろと回らせてもらい、実際に「来ないか」と言ってくださるところもあったんです。でも、言葉を話せないことがネックになって、実現しませんでした。技術があっても、言葉ができないとダメでした。

奥田 言葉の壁は確かに大きいですね。

金川 どうしようかなと思っている時に、友人を通じて「MINASE」を製造販売する協和精工さんと出会ったんです。

奥田 MINASEというブランドはごぞんじだったのですか。

金川 知っていました。ある時計の専門誌で取材をしていただいたんですが、同じ号にMINASEが掲載されていて、すごく興味をもったんです。

奥田 それは技術的に。

金川 技術はもちろんです。もともと協和精工は、秋田にある切削工具のメーカーで研磨の技術は飛び抜けています。時計自体にも興味がありました。でもそれだけでなく、私自身が抱えるエングレーバーとしての立ち位置もありました。

奥田 それはどういう意味でしょうか。

金川 彫りを施す時に大事なのは保証なんです。自分でゼロからつくる時計に関しては、自分で責任をもてばいいんですが、メーカーの時計に彫りを入れた場合、何かの理由で動かなくなった時に修理を依頼しても、してもらえなくなるんです。

奥田 彫りを入れたことで。

金川 そうなんです。なかには「保証はいいから彫ってくれ」というお客様もいらっしゃるんですが、残念ながら、今はおことわりしているんですね。

エングレーバーとしての日々は地道な修練の積み重ね

奥田 それでコラボレーションされて、この工房を立ち上げられた。

金川 それはそれは願ってもないお話でした。現在は、「MINASE」の時計をベースにした作品と、オーダーによる作品の二つのパターンで仕事をしています。

奥田 一つの作品の値段はどのくらいになるんでしょう。

金川 実際にどれだけ手をかけたかで変わってくるので、値段はつけてないんです。絵画と同じで、最初に値段があるのではなく、あとから決まってくるというか……。でも、一つの目安をあげると(1本の時計を手に取りながら)、これは250万円です。高いという方もいれば、安いという方もおいでになりますね。

奥田 つくる手順を教えていただけますか。

金川 オーダーをいただいたら、まず依頼された方がもつイメージをお聞きします。MINASEをベースにする場合、ケースは同じですが、彫りやデザインは同じものは絶対つくらないと決めているので、その方だけの作品になります。今後はケース自体もオリジナルでやっていくので、ケースから削り出してつくることも可能です。

奥田 最初に予算を言ってお願いするということもありますか。

金川 それもできます。こんな感じでいくらで、ということからお話させていただいて進めます。

奥田 物書きにもいろいろなタイプがあって、発注があって書く人となくても書く人がいます。金川さんはどちらですか。

金川 私は両方です。というか、発注をいただいて作品をつくっていると、次はこうしたいなと思うことが出てくるんです。

奥田 構想がわいてくる。

金川 私の彫りの道具は、手作りのものが多く、作品製作するためのデザイン画を描いている時に、今の道具では加工ができないならば、どういう道具をつくればいいかなと考えながら描くんです。で、実際に道具をつくって試してみる。

奥田 エングレーバーには、道具をつくる技術も必要なんですね。

金川 スイスのエングレーバーから、「デザインができて道具をつくれない人はちゃんとした彫りもできない」と言われたことがあります。向こうの技術者と交流があると、一番最初にお互いの使用している道具に興味を持ちますから。そうして自分の技術を高めていって、次回お客様からオーダーをいただいたら、その引き出しを開けて作品をつくる。その繰り返しです。

奥田 修業のようですね。

金川 そうしないと、いつも同じものになってしまうし、得意なものしかやれなくなります。常に何かを吸収して新しい技術を自分のなかに入れていかないと。

奥田 金川さんは伝統工芸の勉強もしておいでですよね。

金川 専門家の方について、和彫りや日本の伝統技術などを学ばせてもらっています。

奥田 金川さんのような仕事をされている方は、他にもいらっしゃるのですか。

金川 スイスにはおいでになります。日本にも何名かいらっしゃいます。また、エングレーバーではありませんが、世界にいる34人の独立時計師の一人、菊野昌宏さんという方がいらして、菊野さんとは組んで仕事をやらせていただいています。

奥田 今日は、時計の世界の奥深さを教えていただきました。希少なエングレーバーとして、また果敢なチャレンジャーとして、これからのご活躍を期待しています。ありがとうございました。

金川さんが和彫りに用いる工具の数々。
さまざまな先端のタガネと「オタフク」と呼ばれる小さな金槌。

こぼれ話

 言葉には一人ひとりの趣きがある。同時代に同じような環境で生きた人とは、意図しなくてもその言葉を聞くだけで同じ趣きが浮かぶ。例えば、“ガード下”。読者の皆さんはどんな情景を浮かべますか。私は薄暗がりに建ち並ぶ居酒屋の光景です。編集部に近いJR神田駅下にはわずかながら残っている。焼き鳥を焼くにおいに引かれて原点回帰をしたい時にはドロップインする。

 ウオッチエングレーバーの方にお会いすることになった。どこでお会いするのかしら? 高級革張りの椅子のある部屋かな、思いを巡らせていたら「秋葉原のガード下です」という。ここは件のガード下とは違ってお洒落な店が連なっている。コーヒー豆を焙煎する焦げた匂いが気持ちを豊かにする。「タンザニアありますか」。お代わりまでしてしまった。時計を見ると待ち合わせの時間だ。


 金川さんの工房は近くにある。「こんにちは~」。こじんまりしたショールームの奥に工房がある。ガラスケースの中に静かに輝きを放つアートな腕時計が佇んでいる。「そうですね。値段はないんですよ。欲しい方の価値がお渡しする金額ということですかね」。確かに彫りの入ったこのムーブメントはアートだ。絵画や焼き物と同様に一度ご覧ください。現在の価値は手の込んだ作品1個が平均で300万円相当ではないか。念のため宝石は別勘定。秋葉原にお出での折にはお立ち寄りください。

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