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2013/03/28 09:19

インタビュー

[週刊BCN 2013年03月25日付 Vol.1474 掲載]

将棋の世界に「クリック」の時代がやってくる
松江工業高等専門学校 情報工学科准教授 橋本 剛

 「満ち足りています」という橋本先生。たどってきた足取りは、数行のプロフィールにはとても収まりきらない。アジアの少数民族に興味をもち、そこの子どもたちと会話を交わしたくて語学を修め、東大大学院の海洋研究所時代には船で南極近海まで行き、留学先の中国・昆明では日本語教師だった女性を伴侶として射止め……。こういったアナログ的な強烈なベクトルが、先端のコンピュータプログラミングという対極のベクトルに効果を与えるのか。とにかくスケールが大きく、そして深い。地方の高等専門学校にはこんな先生がおられることに驚くとともに、畏敬の念を抱いた。(本紙主幹・奥田喜久男  構成・谷口 一)

Profile

橋本 剛(はしもと つよし)
 1970年、京都市生まれ。94年、京都大学農学部水産学科卒業。同年、東京大学大学院地球惑星物理学専攻博士前期課程入学。96年、中国 雲南民族学院外語系留学。97年、台湾 文化大学外語系留学。98年、静岡大学大学院設計科学博士後期課程入学。コンピュータ将棋の開発を手がける。03年、カナダ アルバータ大学コンピューティングサイエンス学部客員研究員。2010年より松江工業高等専門学校情報工学科准教授。専門はゲーム情報学。11年度まで情報処理学会ゲーム情報学研究会幹事。

2012.11.29/島根県松江工業高等専門学校にて

国籍、技量が違う学生でも、うまくネジを巻けば協調できる

奥田 先生は、中国へ留学されたり、東アジアにずいぶん詳しいとうかがっています。

橋本 そうですね。ここ松江高専でも留学生担当とか、国際交流関係を担当しています。

奥田 留学生が多くやって来るのですか?

橋本 シンガポールには日本の高専に相当するポリテクというのがあって、昨年、そこの学生が二人、コンピュータゲームの勉強をしたいということで、僕のところに学びに来ました。

奥田 松江高専のミスター橋本に学びたいということで、向こうから来たわけですか?

橋本 いや、たまたま僕がゲームをやっているというので、来たのだと思いますよ。彼らは結構楽しんでくれたみたいで、今年は応募がすごく多かったらしく、シンガポールから松江高専に9人が来ました。3か月間の短期ですけど。

奥田 研究は英語で進めるのですか?

橋本 基本は英語です。昨年の二人は中華系だったので、英語と中国語を半々くらいの割合でコミュニケーションしました。今年は中華系じゃない子がいたので、全部英語で通しました。

奥田 それで、ゲームを教える、と。

橋本 ええ。トランプゲームの「大富豪」によく似たゲームが向こうにあるんですけど、去年はうまい具合に、うちの学校に「大富豪」の研究をしたいという学生がいて、それなら一緒にそのゲームをやったらいいかなと思って、シンガポールの二人とうちの学生とでつくらせたんです。囲碁のソフト制作で注目を集めている手法にモンテカルロ法があります。乱数を使ったシミュレーションを何度も行うことによって近似解を求める計算手法なのですが、最近、「大富豪」のソフト制作でも利用し始められていて、それが、すごくうまくいっているんです。うちの学生がAIをつくって、シンガポールの学生はサーバーや外側の部分を担当して、3か月で、一応、ちゃんと動くものができました。

奥田 シンガポールの学生と突然一緒になっても、チームとしてやっていけるのですか?

橋本 うまくネジを巻けば、それなりの能力をもった学生なら大丈夫です。

奥田 私がプロコンに関わりをもち始めたのが2006年です。当時、モンゴルと中国、ベトナムからも学生が参加していて、非常に優秀な成績を上げました。彼らは日本では教えていないアルゴリズムを活用していることを知って、高専の先生に「日本でも教えてください」と進言したのですが……。

橋本 僕はゲーム情報学というのをやっていますが、すごくマイナーな分野です。どの先生も専門に近いことでなければ、なかなか教えられないと思います。僕もゲームに近いところでは教えられますが、少し離れるとむずかしいですね。理想をいえば、あらゆるジャンルの先生がいる大きな学校があって、これをやりたければ、この先生に聞けばいいというのがあればいいと思う。でも、高専って、一つひとつが小さいので、先生の専門に近いところだといいのですけれど、そうじゃないと厳しいと思います。

奥田 そういう事情もあるのですね。

ネットが地域格差をなくし、地方の学校の棋力が上がった

奥田 橋本先生とコンピュータ将棋との出会いはいつ頃なのですか?

橋本 1997年に雲南民族学院の留学を終えて、台湾の大学院で勉強しようと思っていたんです。それで台湾へ行って、たまたまNHKテレビをみていたら、コンピュータ将棋の話をしていて、大学でもそういう研究をしている人がいるという内容だったのです。自分はもともとプログラムも好きで将棋も好きだから、いいなと思って、急いで日本に戻って調べたら、当時、東京農工大学の小谷善行先生と電気通信大学の野下浩平先生しか、大学で研究しておられる方がみつからなかったんです。それでお二人にお会いして、小谷先生から静岡大学にプロ棋士でもある飯田弘之先生がおられるということを聞いたのです。

奥田 それで静岡大学を訪ねて……。

橋本 ええ、飯田先生にお会いして、コンピュータ将棋「TACOS」をつくり始めたのです。

奥田 プロ棋士の橋本崇載五段(当時)と先生の「TACOS」が初対戦したのは2005年9月ですから、開発から7年くらい経っているのですね。

橋本 この対戦もお膳立てしてくれたのは飯田先生なんです。飯田先生はプロ棋士でもあって、そういう事情で橋本五段に頼んでくれました。

奥田 その時は橋本五段が勝つんですね。

橋本 そんなに期待していなかったのですが、たまたま僕のプログラムのいいところが出るような局面になって、途中は優勢になったこともありました。橋本五段が途中危なかったというのが結構話題になって、それで、すぐに将棋連盟はコンピュータとの対戦を禁止したんです。

奥田 「TACOS」は今、何段ぐらいの実力をもっているのですか。

橋本 アマチュア六段の力はあります。

奥田 橋本先生が小さい頃から一つひとつの要素みたいなものを積み上げて熟成されたのが、「TACOS」なんですね。

橋本 そうです。でも、自宅のインターネットで棋譜を見たり、対戦していても、うちの奥さんは、「遊んでるのか仕事をしてるのかわからない」と言うんですよ。自分の楽しみがそのまま仕事に直結するのはいいですね(笑)。地方にいても強い相手と対戦できますしね。

奥田 コンピュータの時代になって将棋の楽しみ方もずいぶん変わりましたね。

橋本 以前、徳山高専の子がインターンで来たいというので預かったんです。彼はコンピュータ将棋しかやったことがなくて、それで盤を出して一局やってみたんです。すると駒の持ち方がへたくそなんです。ある程度やっている人が指すと「パチン」と高い音が出せますが、彼の場合は「ベシッ」という感じなんですよ。

奥田 おもしろいな、そのギャップ。

橋本 けど、四段の腕前をもっていて、指し手はすごくしっかりしているんです。いよいよほんとにこういう時代になったと思いました。

奥田 彼にとっては「パチン」じゃなくて、「クリック」なんですね。

橋本 僕はここで将棋の顧問もしているんですが、昔に比べると、とくに地方のレベルが上がっています。コンピュータのおかげです。

奥田 コンピュータ社会では、情報格差がなくなるのが大きなメリットですね。興味深いお話をありがとうございました。

・橋本先生の将棋ソフト『TACOS』


 コンピュータ将棋がどんどん強くなっていて、橋本先生ももう勝てないらしい。最高位の名人に勝つのもそう遠くないとか。それはそれで少し寂しくもある。


・こぼれ話


 コンピュータ将棋の第一人者だ。手強い人を予想していたが、会ってみたら、山里のたんぼの脇の小道に少し傾いて立っているお地蔵さんのような人だった。ご本人の履歴の紹介をお願いすると、「どんなところを話しましょうか」と。キャリアを聞くうちに、地球が手のひらに乗るボールのように小さく感じてきた。放浪する浪漫の旅人を「ノマド」という。橋本先生にインテリジェント・ノマドというニックネームをプレゼントしたい。

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